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2018年5月 6日 (日)

不連続小説 憂鬱な薔薇 燦燦 (29)

<緑の魔境 その十>

家があった三角地帯は子供の足でも一周が10分程度のものだったと思う。
ある時から、そこを一周すると“視点”が変わるようになった。
いつ頃からなのかはっきりはしない。多分5~6歳ほどのころだと思う。
そしてほどなく一周しなくても思っただけで“視点”を変えられるようになった。

始めのころは回った方向によって、例えば時計回りであればA→B→C、反時計回りであればC→B→Aというようにはっきり順番が決まっていたように思う。
いつからか順番はなくなってしまった。

今では意図的にAならA、BならBの視点に移動することも難しくなってきている。
歳を取って感覚が鈍くなってきたのかもしれない。
今もそれをやろうとしているのだが、なかなかうまくいかないでいる。
そんな時はあの三角地帯を子供の足で何度も何度もぐるぐる歩く。

 

2018年3月25日 (日)

不連続小説 憂鬱な薔薇 燦燦 (28)

<緑の魔境 その九>

“その感覚”をどう表現したらいいのか、非常に難しい。
俯瞰している方角が違う、と言ったらいいのか、自分から見ている角度が違うと言ったらいいのか、それとも立っている場所が違う感じ、と言ったらいいのか。

これは多分予想でしかないのだが、おそらく耳の感覚から来ているのではないか。
というのも、私は元来耳が悪く、小学校入学前から耳鼻科通いをしていた。
聞こえが悪いうえに、三半規管かどこかにも異常があったのではないかと思う。
平衡感覚は悪くなかった。自転車もすぐ乗れるようになったし、運動神経も悪くなかった。走るのも早かった。
しかし、鉄棒は一度落っこちてから苦手になった。高いところは今でも苦手だ。

人の言うことがうまく聞き取れない、というのは結構致命的なことで、結果的にそれが人間嫌いや内向的性格につながる。
ひどいものではないが耳鳴りもその頃から続いている。
聞こえや平衡感覚などとは“別の感覚が”が“その感覚”につながっているのではないかと自分では思っている。
“その感覚”が家の周りの三角地帯と連動するようになったのは、私がそれに気づいてからしばらく経ってからのような気がする。

 

2017年10月 9日 (月)

不連続小説 憂鬱な薔薇 燦燦 (27)

<緑の魔境 その八>

いつ頃からそういう感覚に襲われるようになったのか思い出せない。
小学校に入る前には既にそういう感覚が備わっていたと思う。
その三角地帯を一周すると、同じ場所に立っているにも関わらず違う視点から見える感覚に変わる。
感覚なのでうまく言い表せないが、例えて言えば一周する前は右斜め横から見ていた視点が一周すると左斜め横から見ているように。

それがその三角地帯を一周するたびに違う視点に変わる。
そのパターンは、昔はたくさんあったような気がするが今は3つぐらいしか感じられない。
小さいころは実際に歩いて一周しないとその視点は変わらなかったが、大きくなるにつれて実際に歩かなくても自分の意思で自由に視点を変えることができるようになった。

今もその感覚は生きていて、Aパターンで経験した記憶はAパターンの風景で記憶されているので、Bパターンの時には思い出しにくかったりする。

 

2017年7月15日 (土)

不連続小説 憂鬱な薔薇 燦燦 (26)

<緑の魔境 その七>

ひとしきり食べて一眠りしたら相当スッキリした。
朝になって、記憶のある地域を歩いてみようと店を出た。

駅前の雑踏から抜け出して、人通りのまばらな街並みに辿り着いた。
そう、そこは私が幼い頃を過ごした家があった地域だ。
昔は市電が通っていた道路も今は線路の跡形もなくなっている。

近くの裁判所も小学校も電話局も建て直されて全く違う外観の建物になっている。
すぐそばにあった「はまや」は跡形もなく、向かいにあった高校は移転して高層ホテルになっていた。
すぐ隣の「学生の家」も幼馴染みのゆかりちゃんの家もない。材木屋もタイガー計算機のビルもいじめっ子の横山の家もなくなった。通った幼稚園も、ラジオ体操をやった公園もない。

夏休みに早く起きて誰もいないだだっ広い道路を我が物顔で自転車で走ったっけな。
そういえば自転車は一回転んだだけですぐに乗れるようになったもんだ。
公園やだれの物ともわからない民家の敷地に入ってセミ捕りもやったし、川で遊んでて靴を流されたこともあったっけ。

その地域の前に佇んだだけで、一瞬のうちに昔の記憶が蘇った。
街並みを眺めているうちに不思議な三角地帯があったのを思い出した。
ぐるぐる歩くと“一周するたびに視点の変わる”三角地帯を。


 

2017年5月 6日 (土)

不連続小説 憂鬱な薔薇 燦燦 (25)

<緑の魔境 その六>

入ったそこは古びたカラオケ店だった。
店員はヒマそうな表情でこちらを見ている。

「初めてなんですけど」
「ではこちらにご記入ください」

型どおりの手続きで店内に入る。
カラオケ店などに入るのは何年ぶりか。
一人でカラオケをやるなどというのも初めてだ。

昔はスナックでレーザーカラオケをやったっけな。
まだカセットも生き残ってたっけ。
今のは通信カラオケらしい。
点数も出るようだ。
まずは飯を食うのが先か。

2017年1月 9日 (月)

不連続小説 憂鬱な薔薇 燦燦 (24)

<緑の魔境 その五>

「アナタハ 神ヲー 信ジーマスカ?」
突然見知らぬ外国人が話しかけてきた。

「神モー仏モー 信ジーマセン」
英語は話せないので外人が恐い。

「神ト和解セヨー」
あんたは田舎の道路に掛けてある看板か。
それともモ●モン教かな?
ま、イ●ラム教よりはましか。

あちらでは若い女の子がティッシュ配りをやっている。
道路の向かい側では居酒屋の呼び込みらしき男。

ビルにはアドバルーン、でかいスクリーンでコマーシャルを流している。
駅前は少し見ない間にまた変わったようだ。

記憶は定かでないが、ビルの背丈が気持ち伸びているようにも見える。
まだ通勤ラッシュ前の雑踏の中、フラフラととあるビルに入った。

2016年11月11日 (金)

不連続小説 憂鬱な薔薇 燦燦 (23)

<緑の魔境 その四>

雀荘を出ると、もう夕方だった。
入ったのは昨日の夕方。ちょうど丸一日打ち続けたことになる。

ばかみたいだな。

打ってしまったものは仕方ない。
大して負けもしなかったのは不幸中の幸いといえる。だからこそ丸一日も打ち続けることができたともいえるが。

さて、どっちに行くか。
結局来た方向とは逆へ行くことにした。

そういえば寝てねえな。

きびすを返して駅の方へ歩くことにした。
カプセルホテルか漫画喫茶か。
その前に腹ごしらえも必要のようだ。
繁華街に入り回りを見渡すと小奇麗な中華料理屋が目に入った。

2016年9月28日 (水)

不連続小説 憂鬱な薔薇 燦燦 (22)

<緑の魔境 その三>

いきなりの配牌がソーズのメンホンイーシャンテンである。
得てしてこういうことは、ある。そして、この直後が肝心なのだ。

これにうまく乗るか、それとも乗れずにコケるか。乗れれば少なくともしばらくは安泰だ。乗れないとなるとおそらくは悲惨な結末が待っている。
見極めは簡単ではない。

突っ走っていいものか、あえて様子見をした方がいいのか、場合によっては違う手に作り変えるということもあり得る。
今日の運勢・場の雰囲気・相手の力量を推し量って瞬時に判断せねばならない。

一巡回って鳴ける牌もなければ有効ツモもなかった。
ダブリーもあり得たことを考えれば憂える事態である。

2015年12月28日 (月)

不連続小説 憂鬱な薔薇 燦燦 (21)

<緑の魔境 その二>

「じゃよろしく」
店員一人が加わって卓がスタートした。
店内はいまだ閑散としていて他に客はいない。マスターらしき人がカウンター内で仕事をしているのみである。
自動卓でガーっと牌が登ってきた後にカチャカチャと各自配牌を取る音だけが静かな店内に響く。

上家の飲み屋風情の女は常連らしく、店員とこの前の手についての話を始めた。
話を聞いてる限りではおもしろおかしいマージャンのようだ。よかった。
厳しいマージャンは緊張感でストレスが半端ない。

「コーヒー、なしなしで」
場代1ゲーム400円、テンピン、赤はなしだが一発裏ドラにペッタ1枚400円が付く。
起家の対面店員、上家飲み屋の女、下家商店主と最初の捨て牌が続いて静かにゲームがスタートした。

2015年10月 5日 (月)

不連続小説 憂鬱な薔薇 燦燦 (20)

<緑の魔境 その一>

雑居ビルの4階にある雀荘「フリータイム」は閑散としていた。
昼間のこの時間に麻雀が打てる人種は限定されるのだろう。成立している卓はないようだ。

「打てますか?」
「ちょっと待てば打てますよ」

店員の愛想は悪くない。
常連らしき男が一人いるが、これに店員一人が加わっても足らないからもうすぐ一人が来るのだろう。

「じゃ、ちょっと待ちます」
「どうぞこちらで」

ソファーに手招きされ店内を改めて見渡すと、明るくすっきりしている内装でいかにも健全っぽい雰囲気を醸し出している。
電灯が暗かったり空気が澱んでいたりする店は経験上危ない。店員の態度もその店の判断基準のひとつになる。

常連らしき中年男は見た感じ商店街のオヤジってとこだろうか。
ぼーっとしているところへ女が一人で店へ入ってきた。

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